浄智寺 (じょうちじ)

五代執権 北条時頼の三男宗政の菩提を弔うため、

夫人と息子師時(もろとき)が創建した鎌倉五山第4位の禅刹。











東慶寺 (とうけいじ)

“縁切り寺” “駆け込み寺” の名前で広く知られている。

かっては尼寺として栄え、

三年修行すれば離縁できる「縁切寺法」で多くの女性を救った。

その様子は、

「出雲にて結び鎌倉にてほどき」 「くやしくば尋ね来てみよ松ヶ岡」

など東慶寺を詠んだ川柳が残っているそうです。

開山の覚山尼(かくざんに)は八代執権 北条時宗の妻。

法名は無学祖元から受けたという。

後醍醐天皇の皇女だった五世用堂尼以来栄え、高い寺格を誇った。

「松ヶ岡御所」とも呼ばれ室町時代には鎌倉五山第二位に列せられた。










名月院 (めいげついん)

名月院は平治の乱で戦死した首藤刑部大輔俊道の菩提を弔うため、

永禄元年(1160)俊道の子 山之内つねとし により創建された名月庵を起原とする











長谷寺 (はせでら)

伝承では天平八年(736)の創建といわれ、

本尊の十一面観音菩薩像は奈良の長谷寺と同じ一本のクスノキの霊木より

彫られたという縁起を持つ。